高校生の頃から祖父に連れられて山に入ってきた、岩手・矢巾の菅原徹さん。
きのこの出る場所は、家族の中で受け継がれてきた“財産”のようなものだという。
先週までは何もなかったのに、一雨降ればきのこが顔を出す。
そんな変化を楽しみながら、季節の移ろいを感じるのが、山に通ういちばんの喜びだ。
今日も静かに、いつもの山へ向かう。
家族で受け継ぐ“とっておき”の場所
「きのこは難しいですよ。だからこそ、通い続けるしかないんです」
そう笑うのは、岩手・矢巾町に暮らす菅原徹さん。
祖父に連れられて山に入るようになったのは高校生の頃。
それから二十年近く、季節ごとに山を歩き続けている。
きのこの出る場所は、ほとんど決まっているという。
「この倒木の根元」「あの沢のカーブの先」——家族の間でだけ伝えられてきた“とっておき”の場所がある。
おじいちゃんから父へ、そして菅原さんへ。
言葉ではなく、歩きながら受け継がれてきた山の記憶だ。
「きのこの場所は、家族から受け継ぐ財産みたいなものですね」
その言葉には、長年の積み重ねへの誇りと、静かな責任がにじむ。
一雨ごとに変わる、山の表情
朝の山は静かだ。
足もとに目をやりながら、風の向きや湿気の具合を確かめていく。
先週までは何もなかった場所に、一雨降れば、きのこが顔を出す。
同じ山でも、昨日と今日ではまるで違う表情を見せてくれる。
「だから飽きないんです。毎日がちがう。楽しいですよ」
この日も、狙いのポイントを丁寧に探っていく。
毎日のように山に入るから、季節の移ろいも手に取るようにわかる。
落ち葉を避けながら、一つひとつ確かめるように歩を進める。
やがて、足もとに見慣れた形が見えた。
高級きのこのシャカシメジだ。
「おっ、いた!」
思わず声が上がる。
ナイフを取り出し、まわりの土をそっと払いながら、優しく掘り上げた。
「シャカシメジは、すき焼きなんかに入れても最高なんですよ」
嬉しそうに笑う。
毒と美味の境界を見分ける目
周りを見渡すと、一見美味しそうなきのこがあちこちに生えている。
だが、どれも毒キノコだという。
そう言いながら、菅原さんが手にしたのはクサウラベニタケ。
赤みがかった傘に、どこか食欲をそそるような色をしている。
「見た目はいいんですけどね。これが危ない。イッポンシメジと間違えて、毎年病院に運ばれる人も多いきのこなんです」
そう言って、土の上にそっと戻した。
「図鑑で見ても、実際に見ると全然違うんですよ。結局は現場で何度も通って覚えるしかない。あとは、“わからないものは食べない”。これがいちばん大事です」
“暮らし”の中のきのこ
きのこや山菜は、菅原さんにとって“趣味”ではなく“暮らし”そのもの。
春には山菜、秋にはきのこが食卓に並ぶ。

県内ではきのこの講座や採取会の講師も務め、
きのこの楽しさを多くの人に伝えている。もちろん、その危険も含めて。
「実は地球上でいちばん大きな生物は、クジラではなくキノコなんですよ。
地中に菌糸のネットワークを張り巡らせて、ひとつの巨大な生命体になっている。
山を見たら、一山まるごとが“キノコ”だと思ってもらっていいくらいです」
そんな話を交えながら行う菅原さんの講座は、毎回人気を集めている。
驚きと発見の連続で、山への興味をそっとかき立ててくれる。
縁日でも毎年開催され、いまや恒例の人気イベントになっている。
山の暮らしと衣
そんな彼が長く愛用しているのが、縁日のsappakama。
縁日ブランドが立ち上がった頃、最初のモデルを務めたひとりでもある。
山での作業にも使い続け、何度もお直しをしては履き継いできた。「直すたびに、育っていく感じがして愛着が増すんです。
特に右ポケットの下のステッチが可愛くて、お気に入りです」
もう一着の相棒は、山シャツ。
沢の風にも負けず、すぐに乾いてくれる頼もしさ。
「派手な機能はいらない。動きを邪魔しない服がいちばんです。
暮らしそのものが自然とともにある自分にとって、山でも里でも着られる“暮らし着”がいいですね」
自然とともにある暮らし
家族から受け継がれた山を大切にしながら、
今日も静かに山へ入る菅原さん。
自然の奥ゆかしさや楽しさ、そして時に潜む危うさも伝えながら、
次の世代の子どもたちに、自然への関心を育む活動を続けている。
きのこや山菜を採り、季節の移ろいを体で感じながら暮らす。
山に入ることは、特別な行為ではなく、日々の延長にある。
そんな“自然とともにある暮らし”のなかで、
SAPPAKAMAと山シャツもまた、静かに時間とともに育っていく。
●菅原 徹 (すがわら とおる)
1987年生まれ。
地元岩手県矢巾町で18歳の時から祖父、父と山に入り、「キノコや山菜は生活の一部」という環境で育つ。
キノコ・山菜歴は19年。
岩手菌類研究同好会/幹事
岩手県内できのこ講座、採取会、県内各地の緑化センターなどで、きのこの見分け方指導や展示などの活動をする。
the campus〜トロイカの森〜/フィールドガイド・スタッフ