マタギもんぺジャーニー【木村望編】
5月初旬、再び訪れた秋田県阿仁地区。
山々にはまだ雪が残り、谷あいの小さな集落には桜が満開だった。
里ではもう散ってしまった桜が、ここでは今まさに咲き誇っている。
その季節の“ずれ”が、山の時間の流れをゆっくりと感じさせてくれる。
訪ねたのは、木村望さん。1年前に「マタギもんぺ」を共につくった若手マタギの一人であり、阿仁に先駆けて移住してきた県外出身のマタギでもある。
阿仁に根を下ろした若きマタギ・木村望さん
木村さんが山梨からこの地に移住してきたのは、今から7年前のこと。
当時、外から来た人を簡単に受け入れられるような雰囲気ではなかったという。
それでも地道に地域に入り込み、山の知恵を学び、狩猟の技を磨きながら、少しずつ信頼を積み重ねていった。
暮らしの基盤を築くために、阿仁の自然と向き合い、畑を耕し、自らの手で家を整え、家族とともに営む農家民宿「了月舎農園 INN&ACTIVITY」も始めた。
滞在者に向けては、農業や狩猟、山の暮らしを体験できるプログラムを提供しており、山とともに生きる知恵を次世代へつなぐ場としても機能している。
その姿勢はやがて地域に受け入れられ、今では猟友会の事務局も担うなど、地元からの信頼も厚い。
木村さんの存在が、後に続く若者たちの“道しるべ”となったのは言うまでもない。
今、阿仁に魅せられて移住してくる若いマタギたちがいるのは、最初の一歩を踏み出した彼の覚悟があったからこそだ。
暮らしのすべてを、自らの手で
私たちが訪ねた日、木村さんは薪割りと畑づくりの準備の真っ最中だった。
奥様と小さなお子さんと共に、自然の中で丁寧に暮らしを営んでいる。
畑では、アスパラやトマト、サツマイモ、ネギなど、季節の作物を育てている。
「欲しいものは、自分たちで育てて、手に入れる。それが一番の豊かさだと思うんです」と彼は言う。
この日は若手マタギ仲間も集まり、みんなでアスパラを収穫。
夜には、山の宿「了月舎」に泊まり、木村さんが手作りで作り上げた囲炉裏を囲みでそのアスパラをいただいた。
口の中に広がる春の香りと木村さんの料理のやさしい味わいが、身体にすっと染みこんでいった。
畑にも息づく“山の哲学”
アスパラは取りすぎると翌年の収穫に影響が出る。
「獲りすぎない。残す」
それは、山の恵みに対するマタギの教えそのものだ。
山と向き合い必要な分だけをいただく知恵は、畑にもそのまま活かされている。
暮らしの中に、マタギとしての感性が自然と溶け込んでいた。
人の気配が減った集落で
かつて炭鉱の町として栄えた小様(こざま)集落も、今では人の数が減り静かな風景が広がっている。
だが、その静けさの中で木村さんのような若者が、自分の手で暮らしを築き文化を継承し続けている。
山とともにある暮らし。 そこには、“生きる”ということの本質があるように感じられた。
終わりに
木村望さんは、自らの暮らしを「まだまだ」と語る。
一人前のマタギには程遠いと謙遜しながらも、その日々はどこまでも誠実で、丁寧だった。
薪を割り、畑を耕し、山と向き合う。
派手さはないが、本質的な豊かさを追い求めるその姿勢は、移住を志すマタギ仲間たちだけでなく、今を生きる私たち一人ひとりにも、大切な何かを問いかけてくる。
道なき山に、確かな足取りで道をつくるように。
その背中を見て、次の世代がまた一歩を踏み出していく。
阿仁の山に根を下ろした木村さんの暮らしは、静かに、しかし力強く、“未来への継承”を体現していた。
マタギもんぺ制作から一年。
マタギもんぺもまた、木村さんの暮らしの一部となり、昔のように阿仁の風景の中にすっかり馴染んでいた。