縁日のSAPPAKAMAのルーツとなった、東北の野良着「猿袴」。
前回の「猿袴探究①-1」では、地域によって「サッパカマ」「さるっぺ」など、
さまざまな呼び名があること、そして呼び方は違っても、
よく似た構造をもつ野良着が東北各地に残されていることをご紹介しました。
今回は、「猿袴」という名前について。
なぜそう呼ばれているのかを探っていきたいと思います。
なぜ「猿袴」と呼ぶのか?
サッパカマがなぜサッパカマと呼ばれているのか、その言葉の由来ははっきりと言えば「ワカラナイ」というのが正しいようです。
それでも文献の中から見つけたいくつかの手がかりをもとに、私自身の推測も多分に含みながらになりますが、考えてみます。
推測1|猿のお尻に似てるから?

現代の猿袴の説明でよく言われる話です。
サッパカマの特徴は、お尻はたっぷり・膝下すっきりの動きやすいシルエットで、その形が猿のお尻のよう。
また履き心地も軽快な猿のように動きやすい。
猿みたいな袴だから猿袴(さるばかま・さっぱかま)。
見た目と履き心地からすれば確かにと納得でき、私たちもそう説明することがあります。
ただこの由来には明確な出典はなく、いつからそう言われていたかは不明です。
推測2|猿股引は関係ある?

前回のサッパカマ分布図でも、「さるももしき」という名前が少し出てきました。
現代でいう猿股引(さるももひき)は猿股(さるまた)とも言われ、一般的には男性用の肌着として認識されています。
しかしもっと昔に民間衣としてあった猿股引はそれとは異なり、サッパカマと似た形をした野良着であったようです。
「サルマタは現在では殆どヅロースの名となって了ってゐるが、元来は山袴の名なのであった」
「…… サルマタ・ヘガマタなどの名は、尋常普通のマタに対して異様に考へられる特殊なマタを尋常普通のマタから差別する為に「サル」「ヘガ」等の語を冠らせたとあったと考へられる」
(宮本勢助・山袴の話(1937年)より抜粋)
上記によれば、マチ付きの袴の一種を、普通のものと区別するために「猿」の字を付けたようですが、なぜ猿なのか明確な理由までは見つからず、サッパカマとの直接的な繋がりまではわかりませんでした。
(宮本勢助の著書「山袴の話」には、サッパカマの記述もたくさん出てくるので、関連する部分をもっと調べたいところではあります、、)
それに「さるももひき・サルマタ」が先に着られていた衣服だったのか、「猿袴」が先だったのか。
そこも曖昧ではあります。
(後で調べてみた本では、サルマタは比較的新しいものという書かれ方をしていたので、猿袴の方が古いのかも、、)
しかし衣服の作りとしては「猿袴」と「ももひき」には近いものを感じます。

股引は、前布を後ろに回して脚にピッタリ合わせて作るもので、これはサッパカマの太ももからふくらはぎにかけての仕立てに通じる部分があります。
推測3|鎌倉時代の猿袴が原型?
「猿袴」という言葉自体は、鎌倉時代の書物「明月記」にすでに登場していたようです。
そのころの猿袴の形の詳細は不明ですが、下級武士や従者が着用したとされ、礼装ではない実用的な袴という位置付けだったと思われます。
また、武士装束の系統で調べると、サッパカマによく似た形の下衣で、「裁付(たちつけ)」と呼ばれるものがありました。
このたちつけは、元は武士が着用した袴が原型だと、一般的には、言われています。

武士の装束が元という話もあれば、
武士の時代より前にもこの原型となるような、似た形のものがあったと書く文献もありました。
武士装束が農村の民間衣服に転じたというよりは、
古くから民の衣として着られたものが、戦乱の時代には武士装束となり、その後また民間衣服として定着したと考えるのがしっくりきます。
形も呼び名も少しずつ変遷しながら地域によってサッパカマとかタツケとか呼ばれるようになった?
、、、のかもしれません。
結局、なぜ「猿袴」なのか。
いくつかの可能性を辿ってみましたが、
「猿袴」という名前がどこから生まれたのか、
今のところ確かな答えは分かっていません。
けれど、名前ひとつを辿ってみるだけでも、
昔の衣服の形や、人から人へ、土地から土地へと言葉が伝わっていった跡が
少しずつ見えてきます。
まだまだ調べ足りない部分があるので、もっと深掘りしたいところです。
もし「うちの地域ではこんなふうに呼んでいた」
「おじいちゃん、おばあちゃんからこんな話を聞いたことがある」など、
猿袴についてご存じのことがありましたら、ぜひ教えてください。
猿袴探究は、まだ続きます。
次回は名前から少し離れて、
「山袴」にはどんな種類があるのか、その形やつくりを探っていきます。
猿袴探究①-3へつづく。